狂気の共演 第三部 ~悪魔の囁き~

家に帰った俺はなんだか落ち着かない気持ちを持って過ごしてた。だがそんな不安はご飯を食べる時間よりも前に簡単に消える事となった。ブルルっと震えた携帯がその不安を一瞬にして取り除いた。

『心配かけて悪かった、もう家にも帰ってきたし大丈夫だ』

そんなLINEを見てホッとしたと気持ちが体中を一周したあと、俺はちょっと怒った。あんなに急ぐ事はなかったと調子に乗って飛ばしていた康介を思い出して

『お前、調子に乗りすぎなんだよ』

心配などしていなかったと思わせるような返事をした。

『今、電話いいか?』

こちらが思っていた返信に反して何やらありそうな予感をさせる内容のLINEが来たから、とりあえずOKのスタンプだけを押した。

すぐに鳴る携帯からは、お調子者の康介とは思えないほど落ち込んだ声が聞こえてきた

「本当にすまない」

「いや、そんなに怒ってた訳じゃないけどさー、お前が急ぎすぎるからさー」

俺はちょっと康介の行動を否定するような言い方をした

「違うんだ、事故の事じゃなくて」

「ん?事故の事じゃないって?」

「・・・・・・」

「どうしたんだよ、はっきり言えよ」

「右手が骨折しているんだ」

「え!? 大丈夫なのか?」

ちょっと心配になった俺の声は急に優しくなったに違いない

「いや、怪我はいいんだけど、あの」

あ!そうか、そこで初めて事の重大さに気が付いた。

「コンサートか?」

「ああ」

康介のその一言に責任の重さが加わり、ため息が深く大きくなっていた。

俺たちの吹奏楽部のパーカッションは康介しかいない、いや本当は一人を予備を置いておかなければならなかったのだが、圧倒的な実力者だからと言う事もあって誰もそのポジションにいなかったのだ。正確には俺がほんの僅かに出来るぐらいで、あとはパーカッション部門は誰もいない。一気にさっきまであった不安とは違う大きな不安が俺の心の中から溢れ出てくる。

俺はとても人前で叩けるような状態ではない。だからと言って中止には出来ない。どうしたらいいんだ、あと二日しかない

「ちょっと、まじでヤバイぞ、これは、普通に考えたら俺しかないよな、今のメンバーなら」

「あぁ、多分、聡が一番マシだと思うけど、さすがに今からでは、無理だと思う、ほとんどやってないだろ?」

「やってないってか、昔にちょっとやった事があるってだけだ人前なんかで叩ける訳ないだろ」

「う、うん」

何も言えないと言う気持ちが言葉になって出た。そんな康介が更に続けて

「申し訳ないけど、先生に相談して、棄権を検討してもらうしか」

その康介の声は耳には、ぼんやりとしか届いていなかった。どっちにしても俺が叩くのは無理だ。そう考えていた頭の中に、あの言葉が浮かんで来た

(友哉ってドラム希望だったんだろ?)

「なぁ、康介!友哉ってさ、ドラム希望だったんだよな!」

一気に明るくなった俺の声に康介は

「希望って言うのは出来るのとは違うと思うし、まず学校にも来てないやつがするとは思えないね」

正論が綺麗な箱に入ってリボンでも付けて送ってきたような言葉を並べた。

「一度、聞くだけ聞いてみようぜ」

もう友哉に責任転嫁する気満々の俺に、この提案を変える気持ちはまるでない。今まで友哉にしてきた事なんてどうでもよかった

「あれだけ、みんなで虐めておいて、今更そんな事言えるか?」

「いや、そういう事は今は関係なしでさー、単純にドラム叩いてみないか、あの舞台でって言うだけだ、反応はともかく、一度聞いてみる価値はあると思わないか?もし友哉が本当にドラムが好きだったら、可能性はあると思うぞ。それで断って来たら次の手を考える、もし引き受けてくれたら、そのあとは上手く行く行かないのはどっちでもいいんだ。ただ副部長の俺が恥をかくか、友哉が恥をかくかだけの問題だから、友哉がドラムを出来るかどうかは関係ないんだ!寧ろ出来ない方がいろいろ有難い、違うか?」

先ほどの康介の正論は常識のある正論だったのだと思うが、今回の俺の理論はすべて自己都合の理論だ。ただこれで傷つくのは友哉だけって事だ。

友哉の事なんてどうでもいい。悪魔の声が俺の頭の中に囁きかける。康介がこうなった以上誰かが犠牲にならなくてはならない。そう考えたら友哉は持ってこいだ。

「お前は本当に酷いやつだな」

なんて事を言いながら、まんざらでもなさそうな康介に俺は続けた

「あとはどうやって友哉をその気にさせるかだな、持って行きかただ!」

「それが難しいよな、学校来ていないやつに、そもそも二日後のコンサートにドラムパートで出てくれなんて、うんって言うはずないぞ」

「そうだけど、まぁ取り敢えず分からないから一度アタックしてみて、友哉の出方を見てみるよ、そこから作戦を練ろうじゃないか」

まるで指令本部の作戦会議長にでもなった気分で俺は決定を下した。

第一作戦、康介の事故でドラムがいない事を伝えて泣きつき作戦だ!

「そうと決まったら、さっそく電話してみるわ、ちょっと待ってて」

康介との電話を切って、俺はすぐに友哉に電話をかけた。友哉に電話するなんて、いつ振りだろうと思いながら、コールを待っていた。プルルプルル

「もしもし」

普通のトーンで電話に出た友哉に一瞬戸惑った

「友哉?俺、聡」

「うん」

なんか普通すぎて、拍子抜けすると言うか、いや普通すぎてそれが余裕に思えて俺はムカついていたのかもしれない

「あのさー友哉ってドラム希望なの?」

ちょっと冷たい感じで、なんの前を置きもなく突然聞いた俺に友哉は

「うん! でも、どうして知ってるの?」

ちょっと喜んでいる表情が見えるほどの返事が返ってきた。希望なのって聞いただけなのに、でもこれは良い展開である事は間違いない。俺は一気に攻めた。

「もしさぁークラブでドラムやってってお願いしたらやってもらえる感じ?」

「うん!やる!やる!」

こんなトーンの友哉を俺は見たことが無い。まぁ見えてはいないがもう喜んでいるのが伝わりすぎてウザい。でも、これはこっちにとっても願ってもない答えだ。そうこのまま上手く行けば第二作戦の必要な無くなる。俺は出来るだけ友哉の機嫌を損なわぬように状況を伝えた。友哉は全体練習が無い事と、あと2日しか無いのところが気になっているようだった。少し悩んでいる友哉に俺は

「もう友哉しかいないんだ。全体練習は出来ないけど、学校のドラムセットで練習してくれたらいいから、な、頼むよ」

暫くの沈黙を経て、友哉の小さいながらも元気の良い声が携帯から聞こえて来た。

「うん! 分かった! まぁドラムセットは家にあるから練習は家でしておくよ、二日後って事は全体練習はもうないからね。きちんとやっておくよ」

なんだか余裕を見せる友哉に我慢していたイライラが出てきた。何が家で練習しておくよだ。偉そうにと思いながらも、その気持ちを抑えて、まぁこれで責任転嫁完了と思っていた。その時

「そう言えば、曲は?夏と一緒?」

そうか、友哉はもう一ヶ月ほど学校に来ていなかったから、今回の曲名は知らないんだ

今まで心の奥底にあった、悪魔がヒョッコリ顔を覗かせ、そして俺はこう言った。

「ああ」

それ以上の事は言わなかった。どうしてそうしたか、自分でも分からないが友哉が嬉しそうにしていた事がイラついた事と、どうせ皆から良く思われていないやつだから、これでもう辞めるだろうと思う気持ちが今回の曲の事に触れない選択を俺に選ばしてしまった。最悪追求されても俺は曲名は言ってないし、適当に返事をしただけだと言って誤魔化そうと思った。

康介への連絡の時に、友哉が二つ返事で引き受けてくれたことだけを伝えた。よかったじゃん、てか大丈夫だろうか? と言う不安をぶつけてきたが失敗してもいいんじゃない? 出来なくて当然なんだからと言って流しておいた。

まぁ友哉だってずっと吹奏楽部にいたんだ。「アスタリスク」と「そよ風の手紙」ぐらいは知っているだろうよ、それなりには。

あっと言う間に二日が経ち、一度学校に集合した吹奏楽部の皆が口々に、パーカッション友哉なの? と言って不安がっていた。一応部長の琴美には経緯は説明してあって、友哉が出来るって言ってたよと伝えてある。それでも不安は残っている、皆もそれほど仲良しではなかったうえに一ヶ月以上も学校に来ていなかったんだから、話しかけづらくて当たり前だと思う。バスで会場まで向かう道中に誰からも話しかけられない友哉の隣に気を使って俺が座り、それとなく今の気持ちを聞いた。

「どう、行けそうか?」

「うん、まぁ一応」

ちょっとボサボサの頭を掻きながら答えた友哉の手。親指と人差し指の間にはいくつもの絆創膏が貼られていた、それを見た俺は演奏曲の事を今からでも伝えた方がいいのか? 悩まされる事となった。

友哉はあの時それを確認した。俺も分かった上で嘘をついた。今になって俺に罪悪感が生まれたからと言って、ここでそれを言えば俺が皆に責められる。言わなくても俺は友哉には恨まれるだろうけど、恨まれたとしても俺がきちんと伝えたと言えば皆を俺を信じるだろう。そして、そうなってしまえば、友哉の言う事など誰も信じない。もともと演奏が下手なのは知れてる事だし、ドラムが出来なくても不自然さはまったくない。もし俺が責められるとしたら任命責任ぐらいだ。友哉の言う事を信じた俺がバカだったと、でも言っておけばいいだろう。そうなれば、あいつはもう吹奏楽部にはいられないはず、冬のコンクールは友哉抜きのベストな状態で望める。だいたい今教えたところで状況を変える事も出来ないんだから……そう思って俺は何も言わなかった。

バスは会場についた。それぞれが荷物を運び出す。友哉の荷物は俺と康介が持てる分だけ手伝った。いつもより多いバスドラム

「なにこれ」

そのバスドラムを持った俺は聞いた

「家から持って来た」

小さく答えた友哉にやっぱりイラっとした。クラリネットも全然吹けなかったやつがドラムの事になると嬉しそうに自前のドラムなんか持ち込んできやがって

「なんの為に?」

「ツインペダルよりツーバスの方がやりやすいから」

ぼそっと呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった。はぁ!? もう俺の怒りはマックスだった。そもそもツインペダルを使う演奏なんてあった事がないし、あんまり吹奏楽部では使わない。何がツーバスの方がやりやすいだふざけるな!と大声で怒鳴りたい気持ちが喉元まで出てきたが、それを思いっきり飲み込んで

「そっか、なんか凄いね」

と棒読みの返事だけを返しておいた。こいつがあまり話しかけられない理由が再確認出来た気分だ。曲名を伝えなかった事を一瞬後悔した事を俺は後悔した。やっぱりこいつは嫌われるべくして嫌われてるんだと自分に言い聞かせ、淡々と道具や楽器達をステージ横まで運んだ。

開演まであと一時間ほど、一番目を担当するのが俺達の吹奏楽部だ。お互いに緊張を解きほぐすように冗談のような会話を交わしている。その隅で友哉は誰と会話するでも無く、どこか遠くを眺めながらスティックを動かしていた。まぁ今回はコンサートだ採点式ではない、あくまでもただの演奏会だ。本番は年末にある合奏コンクール。そこまで康介が間に合えばそれでいい。その時に友哉がいなくなってくれたら万々歳だ。

重量感のある緞帳が目の前にあり、俺はこの緞帳の向こう側にいるであろう観客の事を考えて、大きくそして深く深呼吸をした。舞台上では見学となった康介を省いた24名の奏者達が自分の楽器の準備をしていて、それぞれに緊張の色が見えていた。俺は皆の準備を確認して小さく頷き、それを見た琴美が

「よろしくお願いします」

と言った。その声が準備完了の合図となり、アナウンスが流れた。

観客席に向かい、頭を深々と下げ、緞帳が上がるのを気配で感じながら、俺は頭を上げた。スポットライトが眩しく俺の目に映った、その光の先にいるはずの観客はこの目では確認出来ないが、そこにいるであろう観客に俺は背を向け、振り返り全員を右から左へとゆっくりとそれぞれの顔を確認しながら見渡してタクトを上げた。


狂気の共演 第四部 ~協の調和と個の調和~

2018年3月15日
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石橋を叩いて壊す。渡らなければ怪我はしない。そんな生き方をしてきた私が、何を思ったのか新しい事にチャレンジしてます。いつか短編小説を本として出したいと言う目標を持って小さな一歩を踏み出しました。パソコンが得意では無く、もちろん物語など書いた事がない私がブログ書いて行こうと思います。