狂気の共演 第二部 ~崩壊の足音~

耳に聞こえる蝉の声も少し落ち着き、夏の残り香はまだあるものの過ごしやすくなった2学期の始業式、同じクラスにいる吹奏楽部の皆がそれぞれに誰かれとなく夏休みの土産話や秋にあるオータムコンサートの話で盛り上がっている。ただ一人、友哉を省いては。俺が先導しただけではない、あいつの性格がそうさせているんだ。いつも俯き加減で 元気も無い、近くにいると、こっちまで生気が吸い取られてしまいそうだ。それでいて、あの演奏だ。サマーコンサートからなんとなく感じていたその思いを夏休み中に吹奏楽部の皆にそれとなく言いふらしていた。俺だけが原因じゃないんだ。そう思いながらも、あいつは孤立していった。

暑さの和らいだ放課後の練習は、サマーコンサートの時よりも研ぎ澄まされ、音のクオリティーを高めていた。あまり上達の色を見せない一人。

嫌なイメージがすっと心の隙間に入るよう、友哉のせいで俺たち吹奏楽部の評価が下がっているかのような噂を流した事もあって、その成長の無さが皆の心を急激に遠ざけて行く。集団とは怖いもので、一度このような形になると、もう元に戻すのは難しい。何故なら、特に誰も悪い事はしていないと思っているから、ただほんの少しいつもより冷たくなるだけ、ただほんの少し距離をとるだけ、誰の心にとってもそれぐらいの小さな事、罪悪感など感じるほどでも無い。されている者にとっては小さい事ではないが、相手の心の傷を思いやるほど、やっている側は気付かない。集団で始まった友哉イジメは進行を続け、誰がやったのか分からないような悪戯が頻発し始めた。友哉の楽譜が無くなったり、楽器が隠されていたり、エスカレートして行く、そしてそんな行為を咎める者もいなくなった。

決して不真面目では無い事は分かる、友哉が何か悪い事をした訳でもない事も分かる、でも出来ていない事も事実、皆にとってはもう邪魔でしかなかった。クラブ内だけでは無く、イジメは学校内、放課後にも及び留まる事を知らない。俺は何もしていない。ただ自分じゃない誰かが友哉に何かをして行く。可哀想なんて思う事なんかは無かった。吹奏楽部を辞めてくれたらいいのに。その気持ちだけは変わらない。友哉さえ居なければ冬にある合奏コンクールでは……そう思っていた。

オータムコンサートを1ヶ月後に控えた9月の末、居場所をなくした友哉はとうとう学校に来なくなった。

イジメの目的なんて最初は、なんか他と違うってだけだったりする。友哉の場合はちょっとクラリネットが下手でコミニュケーションが苦手と言うだけが始まりだった。そこに合奏コンクールで上を目指したいと思う皆の気持ちが重なり、吹奏楽部を辞めてくれたらいいのにと言う感情が積み上がって行ったのだ。でも今は違う。とにかく友哉が嫌がる事をするのが目的に変わっていた。学校に来ていない以上は何も出来ないが、どうにかして友哉をもっと困らせたいと思うようになっていた。こうして集団心理の中で発生した罪悪感を感じなくなった者達。そしてそんな俺も罪悪感など感じる事はなかった。

友哉が来なくなった吹奏楽部は劇的に変わった。とは言えない状態だ。確かに音のズレなどは少なくなったように思うがバラツキがあるのは否めない。だからと言って友哉が戻って来ればいいのになんて思う事は無い。寧ろこのまま辞めてくれたらいいのと半数以上が思っているだろうと感じていた。

オータムコンサートの俺達の演奏予定は2曲だ。今度はサマーコンサートでやった曲とは違う曲で挑戦する事になり、今はそれの練習をしている。2曲とも「ウィル・ビー・バック」のような一気に来る疾走感は無いが、スローテンポでこれはこれで難しさがあり皆も一同に苦労していた。特に二曲目に演奏予定の「そよ風の手紙」は特にひどい、クラリネットが揃わない事によって全体のバランスが崩れてしまっている。

もうオータムコンサートまで時間が無いから、このままこの曲で行くか、違う曲に変えるか?俺と琴美がその最終決断をしなければならなかった。

「どうする?琴美」

「うーん、このままじゃ困るけど、あと一週間あるし、もうちょい詰めれるんじゃないかな?」

「まぁコンサートは得点じゃないからな、あくまでも演奏会だし、それはそれでいいか」

「うん、実際、今回は失敗しても、冬の合奏コンクールに合わせて選曲し直したらいいだけだし、失敗も勉強かもね」

「よし決定だ、失敗を経験しておこうぜ、本番の為に」

「そうだねー演奏中に焦ってしまう事も練習しておかないとね」

なんだか割り切った俺と琴美は顧問の先生に一曲目はスローテンポな「アスタリクス」で二曲目は問題の「そよ風の手紙」で行く事に決めましたと報告した。先生も二曲目の「そよ風の手紙」について、少し不安そうな表情を見せたが、さっきの琴美との話し合いの事も説明し了解を得た。

うちの部はコンサートやコンクールの前日と前々日は休みにする習わしがある。練習で痛めた手や指を休める事を目的として代々引き継がれていた。そうなるとコンサートまであと5日。ある程度詰めて行かなければならなかった。

そんな練習日もあっと言う間に最後の1日となった、友哉を抜いた24名の吹奏楽部員はそれぞれのパートを懸命に練習していた。指揮者は何もしなくてもいい訳ではないが、それぞれに練習している時は、する事がなく康介とドラムセットで一緒に遊んでいたりしていた。康介はドラムは上手なんだけど、練習は決して真面目では無い。康介も自分の代わりがいない事から、そう言う面では危機感や向上心は無い。皆それぞれに違うパートの練習をしている空間は揃うはずの無い音が混ざって心地の悪い時間が流れていた。

「なぁ聡、今日は練習終わったら、いつもの楽器屋に行こうぜ、新しいスティックがほしいんだ」

と言って打痕傷がついたスティックを俺に見せた

「ああ、いいぜ、練習が終わったらな」

練習をしている皆の方ちらっと見て俺は言った

「康介は練習しとかなくてもいいのか?」

目を大きく見開いて、驚いた表情を見せた康介は

「もう出来てるっしょ」

と言ってスネアドラムをタンタンと二回叩いて見せた。

練習の時間も終わり、太陽は西に大きく傾き、窓から見える校舎を赤く染めている。本当ならばクラブ終わりで寄り道をしてはいけない決まりになっているのだけど、皆の目を盗んで自転者置き場の裏からそっと抜け出した。学校より西にあるショッピングセンターに向かう、眩しい西日を手のひらで遮りながら、自転車を漕いだ。少し行き急いでいるように思えた康介に

「おーい!ゆっくり行こうぜ!」

と声をかけた、その時だった

ビィーーー! と言うクラクションの音とタイヤの擦れる音が交錯して耳の奥に飛び込んできた。

赤く染まる太陽の光の先に倒れている康介が見えた。近くまで行き自転車を止め、俺は康介に歩み寄った。

「大丈夫か?」

大きな声で問いかける大人がそこにいて、もうひとりが携帯で電話をかけていた。俺に出来る事は無かった。学校やら康介の家の連絡先やら聞かれたような気がするが、はっきりと覚えていない。すぐに救急車が来て、学校の先生も来ていた。何故か俺も親に連絡をして迎えに来てもらう事になった。突然、目の前で起こった出来事に今もまだ心臓の音は静まる気配は無かった。


狂気の共演 第三部 ~悪魔の囁き~

2018年3月15日
0
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

石橋を叩いて壊す。渡らなければ怪我はしない。そんな生き方をしてきた私が、何を思ったのか新しい事にチャレンジしてます。いつか短編小説を本として出したいと言う目標を持って小さな一歩を踏み出しました。パソコンが得意では無く、もちろん物語など書いた事がない私がブログ書いて行こうと思います。