ほしのとびら
家に帰るのは15時30分、すぐに洗濯物を取り入れてまた子供を迎えに出て行く、まだ遊びたいと泣く5歳の子を迎えてから、旦那が帰って来るまでの時間に掃除を出来るだけ済まして、ご飯の用意をする、旦那の帰宅時間は大体18時、ご飯はまだ出来上がってない事が多い。帰って来るなり「ご飯まだ?」って言うだけの旦那、作業服を脱いで部屋着に着替えて、一瞬子供と遊んでくれたと思ったら、もう携帯でゲームをしている。どうしても一言言いたくなってくるから、つい「もうちょっと協力してほしい」って言ってはみるけど、「疲れてるから」と返ってくるだけ、言う体力も無駄だなと思うほど、相手にされていない。私は近くの会社で事務のパートをしている。9時から15時まで、週に3日まぁこれだけなら旦那の態度も仕方ないかなと思うんだけど、私は週に1回、週末の金曜日の夜20時から1時までファミレスで働いている。なので今日は余り目の前で旦那にゴロゴロされると流石にイラついて来る。
「私、今日はファミレスの日って知ってるよね! 20時まで行かなくちゃ行けないの! 分かる?」
「うるさいなぁ〜もう」
別に怒って来るわけではないんだけど、この鬱陶しそうな返事がいつも嫌だった。普段なら我慢するんだけど、今日はカチンと来て言い返した
「あのね!私、あなたの家政婦じゃないの!確かにお金は稼いでるかもしれないけど、だからって何もしなくてもいいって訳じゃないのよ!子供ともあんまり遊んでくれないし、家の事だって、あなたは家庭より携帯ゲームの方が大事なの!」
「別に何もしてない訳じゃないじゃないか! 手伝いだってたまにしてるし」
「何してるの? ねぇ!」
「ほら! 答えられないじゃないの!」
少し、黙ったかと思ったら
「うるさいなぁ! そんなに文句言うんだったら、ファミレスのバイトなんか辞めたらいいだろ!」
「自分の小遣い稼ぎって言ってた癖に、行かせてやってるんだからいちいち文句言ってくるな!」
流石に頭に来た私は「もういい!」そう言って、バイトに行く用意をした。
「ママ」って言って来る子供に、「ご飯作ってるから、パパに用意してもらって」と子供にも八つ当たりしてしまった
「パパ、ママが怒ってるよ〜」と言う子供、リビングから「ほっとけ」って言う声が聞こえた
私は何も言わず玄関から出ようとした時に「ママ帰ってくるよね?」
その質問に返事もせずに家を出た。
私がこのファミレスでバイトしているのは確かに自分のお小遣いの為だ。それは間違いない、でもそれは家計を助ける為でもあると思っていた私はバイト先に着いた時もまだ怒りはマックスのままだ。本当に帰らないでおこうと考えている自分がいる。毎日朝からご飯の用意、それを片付けてすぐに仕事へ、帰ってからも毎日、家事と育児に追われ旦那は何もせずにゴロゴロ、協力なんてしてくれないし、子供の事はかわいいけど、それも毎日となると嫌になる時もある。「はぁ〜」いったい何が幸せなんだろう。どっかに逃げ出したくなってきたよ。そう思って仕事を続けていた。
ここの仕事は楽で20時に入るんだけど21時にはほとんどお客さんはいなくなる。あとはたまに来る人に対応するだけで深夜1時までの一人になれる時間でもあるのだ。キッチンに二人、ホールは基本的に私一人、お客さんのいない時間はずっと休憩だし、キッチンの二人なんかは料理の提供が終われば、お客さんがいても携帯ゲームをしている。どこもかしこも携帯ゲームなんだなって思いながら、今日も一人の時間を満喫していた。実はこの一人の時間が良くて、このバイトは辞められない。
時間は0時前、あと一時間で終わりだ。正直終わって帰りたいか、このままここで居たいのか? 今はあまり聞かれたくない質問だなって一人で思っていると、1組のお客さんが来た。まぁそんなに珍しい事もないんだけど、組み合わせにはちょっと違和感があった。親子なんだけど、母親が私と同じぐらいかな? 30台半ばぐらいで、子供は3歳ぐらいの子だった。
「いらっしゃいませー」定型文のように声を出して、見たら分かる人数を聞いた
「何名様ですか?」
もちろん2名と答える母親にこちらへどうぞと促した、ホールの真ん中の辺りの席に案内して、お水とメニューを渡して、キッチン付近で待機する、いつもと同じ状態。私の立っている場所から二人の会話がたまに聞こえる。お客さんもその親子しかいないから特にね。
「ほんとに!」子供の喜ぶ大きな声が聞こえてきた。
「注文いいですか?」と呼ばれ、注文をとりにいくと、「オムライス一つ、お願いします」そう言った母親、私は注文を繰り返して、「お一つでよろしかったですか?」普段はわざわざ言わない一言をつけた。
一つでお願いしますと答えた母親、そのまま注文を通して、出来たオムライスを持っていく。やっぱり気になる様子の親子、オムライスを持っていったあともしばらく二人の会話を聞こうとしていたが
どうしても母親の声が小さくて聞き取りづらい、結局、ところどころ子供の大きな声の部分だけ聞こえる。
「パパのところまだ?」
「ほしのとびら、もうすぐだね」
「うん! 大丈夫」
「ママお腹空いてないの?」
「食べな! はい、あ~ん」
母親はその一口を食べて、にっこりと笑っていた。
小奇麗とは言えない風貌、髪もちょっとボサボサ、なんとなく感じてた違和感の一つ一つのパーツを組み上げていくと
あの親子はきっとお金がないんだ。だから二人分食べられないんだ。パパのところってなんだろ?単身赴任とか?でも、今から行くのかな?目の前に見える駐車場に車は止まっていないから、多分歩きなんだろうな?もうすぐ1時になるのに歩き?こんな予想をして、考えているとドンドン深みにハマって行く。気になってきた。でも聞けるほどの勇気も無い、そもそも私はどちらかと言えば、大人しいほうなので、こんな事に首を突っ込む事など出来るはずもない。そのまま、その親子の私情を妄想しているだけだった。ほしのとびらってなんだろ?どこかで聞いた事があるけど思い出せない。
もうすぐ1時になる、交代の人も出勤していて、私も交代の準備、まぁ帰る用意をしようと思っていた時、あの親子も帰ろうとしていたので、慌てて私はレジへ行った。ちょっとでも私情を知りたいと言う不純な気持ちだった。
「お会計は720円です」
「はい」と言って財布から小銭を出して払ってくれた。子供はもう眠そうで、ウトウトしていた。そんな子の手を引いて
「行こうか」と言った
「うん」と答える子供だったが、やっぱり眠そう
そしてそのまま店を出て行った。私のバイトももうすぐ終わる。ちょっと不思議な親子だったなと思って帰り支度をしていた。
帰る準備をしている間にも、やっぱりあの親子の事を考えていた。なんか今日は帰りたくないから、こんな風に考えてしまうのかななどと思ってファミレスをあとにした。
私の家まで車で20分ほど、綺麗な海岸で有名な山下海岸を抜けて帰る。今日は月がとても綺麗でその月明かりは夜の海の小さく揺れる波間にキラキラと光っている。その幻想的な夜の海をゆっくり見たいなと思った私はなんだか帰りたくない気持ちも相まって、近くのコンビニで夜食のおにぎりを買い、山下海岸の駐車場に車を止めた。真冬の夜は寒い、でもその冷たい空気がこの綺麗な月と星を見せてくれているんだ。そう思って空を見ていた。その海岸の駐車場から少し海の方に入ったところから声が聞こえる。その声は小さい子供の声だった。
「パパいるかな」
私は、ハっとした。今この声を聞いた瞬間にパズルのピースが頭の中で埋まって行く気がした。
思い出した!ほしのとびら!
あれは童話だ。月の綺麗な夜にその月が海に映し出される、その海に映った月のところへまで行けば、自分の好きなお星様に行けると言う童話。
すべては分かった訳じゃないけど、とりあえず、このままじゃダメだって事だけは確信した。
その声のする方へ、本当なら怖くて、こんなこと出来なかったかもしれないけど、私はあの声が誰の声か分かる、助けなきゃ!それしか考えられなかった
「あの」
月明かりで親子の事ははっきりと見える距離
「こんなところで何を?」
答えられない事は分かっている。相手も私があのファミレスの人だと気づいたようだった
「早く、こっちへ戻って下さい」
波打ち際まで、まだ距離はあるが、私は強く言った。
私は子どもの手をしっかりと掴んだ。
「おかあさんも、もう大丈夫です、こっちへ」
何が大丈夫なのか分からないけど、とにかく駐車場まで戻す事だけを考えてそう言った。
「ごめんなさい」砂浜に座り込んでしまった母親、この一言が最終的に私の妄想が正しかった事を裏付けた。私は続けて
「おかあさん、お願いです。一緒に戻りましょう」
「ママ」と言う子供の手を持ったまま、おかあさんの背中を押した。彼女は何かを諦めたように、駐車場に向かって歩き始めた。子供も母親が歩き始めたのを見て嫌がる事もなく付いてきた。
さすがにこの状態で無茶な事は出来ないだろうと思い
「車に乗りませんか、寒いですし」と言って車に促した。特に抵抗するでもなく車に乗った彼女にファミレスから気になっていた事を話した。彼女はファミレスで見た時よりもぐっと老けているように見える。車に乗るまで不安そうにしていた子供も限界だったようで、お母さんの膝を枕にして眠ってしまった。
「お母さんも少しでも落ち着いて下さいね?」そう言ってコンビニで買ってあった、ペットボトルのお茶を渡した。
「お子さんも寝てしまったみたいですし、お話し聞かせてもらえませんか?」
一瞬の静寂が車内を包むそんな中、彼女は虚ろな目で窓の外を見ながら話し始めた
「今から半年ぐらい前なんですが、主人が家のお金を全部持って蒸発しました。私は両親も居なくて頼れる人もなくて、アパートで暮らしていたんですけど、自分で持っていたお金も無くなってしまい、働こうにも、この子を預かってくれる場所も無く」
外を見ていた彼女が寝ている子供の頭をさすりながら続けた
「この子、パパは? パパは? パパに会いたいって毎日の様に言うようになって、パパはお星様になったんだよって」言葉に詰まった
私の方をチラッと見て「ごめんなさい、こんな話」
「いえ、大丈夫ですか?ゆっくりでいいので」と私は言った
「本当にお金が無くて、家賃も払えなくてアパートを出るように言われて、お金も払えない私達は迷惑だろうと、自分達だけでそのアパートを出ました」
その話を聞いて、そのなんとなくボサボサの髪も、小綺麗ではないその格好もすべてが繋がった気がした。
「それからどうしたんですか?」
「公園を転々としながら、もうお金も残り僅かになったので、私はこの子にパパのところへ行こうか?って聞いたんです、元気のなかった、この子が笑顔になって、うん!って答えくれたので・・・・・・」
「それでこの海へ?」
「はい、この海は前にパパと三人で来た事があって、この綺麗な海ならと思って」
相手の気持ちになって聞いていた、私はどう答えたらいいのか分からなかった
「それでほしのとびら?」
「それって・・・・・・」
それ以上は言えなくなっていた
「分かっています。童話ですので信じてる訳じゃないです。ただこの子をパパのいる所に連れて行ってあげる方法が無くて、お金もないのでどうする事も出来なくて、せめてパパのいる星に行けるならと」弱々しく、そう言った彼女に、何かできる事はないかと考えた、さっき買ったおにぎりがあった「あ、あの、おにぎりいっぱい買ったのでどうですか」
そう言って、おにぎりの袋を開けて渡した。遠慮がちな彼女に強引に渡して、自分もあと一つ開けて食べ始めたそれを見た彼女も少しずつ食べ始めた。
「おいしい」と言って涙を流している
「もしよかったらまだあるので」と言って彼女に渡した。抑えられない涙が今までの辛さを語っているようだった。
「ゆっくりでいいので、もう少しだけ」と言って私は彼女と話した。
彼女の話は壮絶で、昨日の夜におにぎりを子供に食べさしたのを最後に子供も何も食べていなかったらしい、彼女はいったい何日間食べていなかったのだろう、小銭だけになった時せめて子供だけにでもと思って、あのファミレスに入ったと言う話、まさか現在でもこんな話があるのかと信じがたいが目の前にはとても嘘をついているようには見えない親子がいる。子供はパパに会えると信じてここまで頑張って歩いてきたのだと言う。彼女も空腹が満たされた事とずっと一人で抱えていたものを出したからか、少し落ち着いてきた。
「おかあさん、もうほしのとびらは無しですよ」
彼女は「すみません」といい続けて、また涙が溢れてきた。もうきっと彼女は間違った事はしないだろうと確信出来る反応だった
「私一人では何も出来ません、夫をここへ呼んでもいいですか?」そう聞いた私、彼女はもう抵抗する様子はない、ただ「すみません」と言うだけだった。了承してもらったんだと決めて私は夫に電話をした。時間はもうすぐ3時、あんな喧嘩のあとだし、少し躊躇する気持ちもあったがそんな事を言っている状況ではない。私も振り返れば頼れるのは旦那しかいない。携帯の発信ボタンを押す。呼び出し音が3回ほどなって電話が繋がった
「もしもし、私、ごめん、ちょっとお願いがあって」
こんな時間まで連絡もせず帰っていない、とりあえず怒られる覚悟はあったのだが、夫もこの違和感を感じとってくれたのか
「どうした? 何かあったのか?」そう聞いてくれた。
「ごめん色々説明したら長くなる、お願い山下海岸の駐車場に来てほしい」なんだか泣きそうになっている、そんな私に
「分かったから、そこ動くなよ!」強く声でそう言われた。きっと心配してくれていたんだと思うと胸が痛んだ。15分ほどして、夫が来た子供も後ろに乗せていたが子供は寝ていた。
「どうした?大丈夫か?」「うん、ごめんね」
それから今日あった事を説明した。そのおかあさんとも話して、夫は「とりあえず家に帰ろう」と言ってくれた、そして彼女もそれを了解してくれた。家について夫は彼女に
「この家に来たからには勝手なことはしないで下さいね。家の中は自由にしてもいいけど、勝手に外に出ない。絶対に守って下さい」
彼女は「すみません」と言った。子供が二人並んで寝ている。私はお母さんに温かいココアを出した。
「もう大丈夫ですか?」
「はい、ほんとにすみません」
「そんな事は気にせず、今日は疲れたでしょ、遠慮せずにゆっくり休んで下さい」
次の日の朝、彼女は少し眠れたみたいで、昨日より顔色はよかった。子供達は、難しい説明をしなくても、部屋のおもちゃで一緒に遊んでいる。私達3人で朝食を食べた。その席で夫は
「縁あってこの家にくる事になった、だから自立出来るまでここにいてくれていいです」
いつもの夫とは思えないぐらいはっきりと喋っている
「おかあさん、期間を決めて仕事を見つけて住むところを見つけて、お子さんを預かってくれるところを探してそして自立して下さい。それまで私達は協力します」
「なのでもう二度とほしのとびらは無しです!これだけは絶対守って下さい」
そう言った夫が毎日ゴロゴロしているだけの夫がこれほどまで頼れるとは思っていなかった。私もストレスしかない毎日のように思えていた日々がどれだけ大切で有り難いことなのかをこの親子から学んだような気がする。
「ねぇ今日は買い物でも行かない?服もいるでしょ?」そう言った私
「いえそんな申し訳ないです」と彼女が言った
「そうだな、おーい子供達、今日はお出かけするぞ~」と夫の一言が決定の合図となった
当たり前の毎日が何もない普通の毎日がこんなにも幸せだったなんて・・・・・・本当に助けてもらったのはどっちなんだろう
家事と育児に疲れて厚い雲が心の中覆っていた日々、その雲が吹き飛んで行ったように心は晴れていた。リビングの窓から差し込む光が輝いて見える、その光の中、昨日の夜、オムライスを美味しそうに食べていた子がうちの子が一緒に遊んでいた。
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