巨大な悪魔
長老は、こう語る
「私達は様々な試練を乗り越えてここにいる。今より遥か昔、私達が栄えた時代もあったが、この世界中の生存競争に負けてきた、弱肉強食の弱者にあたる私達が生き残る為に雪が降る季節になる前に出来るだけ食料を確保しておこう!」
そんな長老の言葉を聞きながら、俺達がどのようにして、今この場所にいるのか?小さい頃から教えてもらっていた祖先の話を思い出していた。自分達が栄えていた時代、その時代は長く続いていたらしいが、私達を捕食する生き物が現れた。とにかく力のなかった私達は逃げて隠れて生き延びてきたらしい。そしてとうとう地上で生きる事を諦めて安全を確保する為に地下に住む事とした。そうなってからもう長い。もちろん俺はその時代を知らない。話に聞くだけで神話のような話だ。もう何百年もの間、地下に息を潜め、出来るだけ命を狙われないように、食べ物だけを確保して生きる。俺もそのように育ってきた。
「お前もそろそろ狩りに出る年になったか」長老の言葉に
「あぁ」と頷いた
「狩りは危険なんだが、誰かが食料を確保して行かなければ、この集落は生きていけない頼んだぞ!」
その長老の気遣いと労いが誇らしく思えた。
「今までここで食わせてもらっているんだ。俺はもう立派な大人だぜ。この集落の為に腹を空かしている子供達の為に行ってくるよ」
この集落だけでも沢山の力あるものが今も尚、狩りに出ている。皆、危険な地上に出て食料となりそうな物を探す。食料を見つけたら今度はそれを皆でこの地下集落に運び込むんだ。それが俺達の仕事だ。この集落を守るのは俺達なんだ。そう意気込んだ!
方角は北を目指す。茫漠と広がる荒野その先にぼんやりと見える山がある、通称ホクザンと呼ばれるその山の先で何度か食料を発見したと言う報告を小さい頃に聞いた事がある。俺が狩りに行く時はホクザンを目指そうと決めていた。狩りの行先はどこでもいい、自分が行きたい場所を探せばいい、食料を見つけたら仲間を呼ぶだけだ。そうゆう連携は完璧に出来ている。今も東の大平原の向こうに食料があったらしく、かなりの応援部隊が向こうに回った。
この集落を中心にして北にホクザン、東と南には大平原グリンランドがある、西には俺が生まれるよりずっと前から石の川があった。この石の川は向こう岸が見えないほど広く大きい、その石で出来た場所が何故、川と呼ばれているか、これは誰が見ても分かるのだが、けたたましい音を立てながら、空を突き抜けるような大きな塊がこの石の川を流れ続けている。流れているのか?転がっているのか正確には分からないが、その川を渡ろうとした奴らは、その転がってくる何かに押しつぶされてしまった。何度か勇気あるものが渡ろうと試みたが誰一人として戻ってきたものはいない。そんな危険な川だ。ブラックストーンリバーと呼ばれみんなから恐れられている。もちろん狩りで、この西側を目指すものは一人もいない。長老もこの西側をだけは行ってはならないとそう皆に教えていた。
皆は東のグリンランドを目指している。そこに食料があったからだ。ただ俺はどうしてもあのホクザンを目指そうと思っていたので、その足を北に向けた。俺の冒険の始まりだと息巻いて歩き続けていた。見えていたホクザンは以外と近く、道中すれ違う奴らとホクザン付近を散策していた奴らとコミュニケーションと取りながら進んで行くとあっさりと到着した。ゴツゴツとした岩がむき出しになっていてかなり大きな間隔をあけて木々達が生えている、そんな場所だった
「おい!お前ホクザン方面は初めてか?」
「あぁ初めてだ。俺は狩り自体が初めてなんだ」
周りにいた奴らもこっちを見た
「大丈夫なのか?」
心配そうにこちらを気に掛けてくれている。そんな中
「この辺はたいして物騒な事は無いから心配するな、俺たちはこの山の向こう側まで散策してきたが食料はなかった。もしお前が行くなら、あちら側に行って見てくれ」
そう言った彼は俺から見て左側を指していた。
「分かった。ありがとう。行ってくるよ」
そいつらと別れて向かったホクザンのその先、グリンランドとはまた違った雰囲気を持った草原が広がっていた。俺の背丈より高い雑草が俺の周りをとり囲む、こんな場所があったのか。その時、ほんわりといい匂いがしてきた。
「なんだこの匂い」
匂いにつられて、近づいて見た。そこには見た事もないような食料が山のようにあった!
「これは凄い!これだけあれば集落が困る事もない!」
これはみんなの食料だ。俺が手をつける訳には行かない。
急いで来た道を戻った。合流ポイントでさっきの奴らがまだそこでたむろしていた。
「おい!食料だ!食料を見つけたぞ!それも大量にあるんだ。応援に来てくれ」
「なんだと!本当かそれは!」
「あぁ間違いない、とてもいい匂いのする食べ物だった」
たむろしていた奴らが信じられないと言う表情をしながら顔を見合わせていた。
「よし!手分けして、運ぼう!まず、お前らは応援を呼んでくれ、俺たちは運びに向かう」
この話はホクザン方面に来ていた仲間に一気に広がった。大勢の狩人達がこの場所に向かい、集落へと運ぶ、これだけの食料が見つかるのは珍しい。ちょうど一人で運べるサイズのこの甘い香りのする、木の実のようなもの、俺は見た事が無かったが少なくとも当面の間、集落が食べて行ける十分な量だった。ホクザンから集落までこの食料を運ぶ列が出来ていた。グリンランド方面からも応援が駆けつけるほどの量だった。
「まさか、狩り初日のお前がこんなお宝を見つけてくれるとは、思っても見なかったぞ」
長老の嬉しそうな顔を見て、俺は胸を張った。
「この集落の事は俺に任してくれ、これからは俺がたっぷり食べさせてやるよ」
集落に戻って、長老にそう言われていた俺はちょっと鼻が伸びていたに違いない。でもそれでいいんだ。みんなが腹一杯食べれるんだ。ちょっとぐらい鼻が伸びてもいいだろ。
次々と運び込まれる食料を見る為に、俺は外に出た。まだまだ運ばれてくる、食料、心では俺が見つけたんだぜと自慢げに胸を張っていた、その時だった。
「ギャー」悲鳴にも似た叫び声が地下の集落の中から聞こえた。ただ事ではない
その叫び声に俺は慌てて地下に入っていった。そこには、俺が見つけた食料を口にした子供達が全身を痙攣させて泡を吹いている・・・・・・
「どうしたんだ!」
俺はその子供達を抱きかかえて、叫んだ
「しっかりしろ!」
全身を震えさせながら、返事がまったく出来ない状態だった。
「なぜ、こんな事が」
俺の視界がまるで何かの映像を見ているかのように、揺れ動いていた。地獄絵図だ。
ただそこで呆然としていた俺、何も出来ずに、ここが現実ではないような感覚に襲われていた。
「長老!長老!しっかりして下さい!」
別の部屋から、呼びかけるような大きな声が聞こえた。ふと我に返った俺は、その声の方に向かった。まさか長老までが嫌な予感は的中してしまった。そこには長老も同じように痙攣している。
「長老!どうしたんですか?大丈夫ですか?」
長老が、大きく目を見開いて俺を見た。
「いいか、良く聞け!お前が見つけてくれた、この食料は毒だったんだ」
「え!?」
長老は痙攣する体を抑え最後の力を振り絞り、私に何かを伝えようとしている。
「長老、どうゆう事ですか?」
「いいか!私達は長年、地上で捕食され逃げて逃げて、この地下に移り住んだ。だがな、生き物の中には捕食では無く、ただ殺戮だけを楽しむ生き物もいるのだ、わしが生まれた集落はこの残酷な生き物の遊びのような殺戮で全滅した。少数の生き残った仲間とここに新しい集落を築いたのだ。私達はその捕食が目的では無い殺戮だけを楽しんでいる奴を巨大な悪魔と呼んでいる。あいつらは一度、目を付けたら全滅するまで攻撃してくる、ただ殺すだけの為だけにだ! いいか! お前はまだ、あの毒を食べていない、他にも、あの毒を食べていない元気な者を連れてこの集落から逃げろ、この一族を守ってくれ」
「待ってくれ長老、俺がみんなをほって行ける訳がないだろう。なんとか助ける方法はないのか」
「この毒は食べた者が死んだあと、今度はその体が毒となってさらに仲間を殺す、この毒は地下集落を全滅させる為に作られた強力なものだ!残念だが助かる道は無い。このままでは本当に全滅してしまう。頼む元気な皆を連れて、逃げてくれ!」
「そんな事を言われても、どこに行けば・・・・・・」
長老は、喋る事も辛そうになりながら俺に向かって
「ブラックストーンリバーを超えろ!あそこは夜明け前の時間なら、あの大きな物の数が減る、その間を縫ってブラックストーンリバーの向こうへ逃げてくれ、もうホクザンもグリンランドも悪魔の手に落ちている。私達が生き残るには、それしか道は無い。あいつらは本当に残酷で執念深い」
俺の隣にいた熟練狩人が俺の肩を叩いた
「おい!長老が命を掛けてそう言ったんだ、俺たちは従うしかないだろう、確かにこのまま逃げるのは悔しいが、このままでは集落は全滅してしまう。毒に対する準備も無い。存続させるには逃げるしかないんだよ!」
「分かってる!分かってるんだ!でも、これは俺が招いた事なんだよ!」
悔しくて悔しくて、ただ地面を叩き続けた。
「どうしてなんだよ!!!」
「どうしてこんな事になるんだ!!」
何かのスイッチが入った俺、隣にいた仲間を睨みつける様な目で冷静かつ落ち着いた言葉でこう言った
「なぁ、あいつらに復讐出来ないか」
フッと笑って、その仲間は答えた
「俺も同じ事を考えていたぜ。ただ今はダメだ、巨大な悪魔を俺は見た事があるが、今のままでは絶対に勝てない、今は長老に言われた様に夜明け前に元気な奴だけを連れて逃げるんだ。お前がリーダーになって、あのブラックストーンリバーを抜けるんだ」
同じ事を考えてくれている仲間がいる。そう思えただけでなんだか心が救われた気がする。
「分かった。今は逃げる事にするよ!でも必ず復讐する!食べる為に生き物を捕食する奴らはそれは自然の摂理である事は認める!ただ殺戮だけを楽しむ生き物なんて、俺は絶対に許さない。何もしていない俺たちの家族や子供達の命を奪った罪は必ず償わせてやる」
もがき苦しんでいる子供達に何も出来ずに歯を食いしばって、まだ元気な俺たちは集落を後にした。今は俺がこの新しい集落を率いている。さっき声を掛けてくれたベテランの狩人仲間が俺を支えてくれている。
「本当にこのブラックストーンリバーを超えられるのか?」
そう聞いた俺に、経験値の多いベテラン狩人が答えた
「夜明け前のこの時間帯はほとんど走っていないから多分大丈夫だ」
「走る?」
疑問を投げかけて、答えを待っていた、その時、背後から大きな音がした
「みんな何かの陰に隠れろ」
身を隠し、その後ろから現れた奴を見た。空も突き抜けるような巨大な生き物、
「もしかしてこれが、こいつが・・・・・・」
相手に発見されていない事を確認し身を隠しながら、狩人は答えた
「あぁそうだ、こいつが巨大な悪魔だ、名前を、に・ん・げ・ん・と言うらしい」
「俺たち、ア・リ・が寄ってたかってもそう簡単には倒せない」
言われている声は聞こえているが、俺はその天高くそびえ立つ悪魔の顔をしっかりと覚えた。例え不可能と言われても、お前が仕掛けた、殺戮用毒物のお礼はきっちりとさせてもらう。お前がどんな気持ちで俺たちの仲間の命を奪ったかは知らないが、俺は絶対に忘れない。
「おい、ブラックストーンリバーを走っている自動車が途切れたぞ、今だ! 渡るぞ、この向こう側で新しい集落を築こう!」
その声を先頭にみんなが一心にこのブラックストーンリバーと呼ばれていたアスファルトの道を渡っている。
俺は直接心臓を握り潰されるような悔しい気持ちを抑えて、一緒にこの道を渡った。頭の中にはあの楽しそうにはしゃいでいた子供達の笑顔やお世話になった長老の事が思い出される、俺があの悪魔が仕掛けた罠にまんまと引っかかって集落を壊滅させてしまった。あんな殺戮用の食料まで用意するなんて、俺はあの悪魔を絶対に許さない。俺の命なんてどうなってもいい、いつか必ず復讐する!そう心に強く誓った・・・・・・
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