on your marks

 

「痛っ!右足に激痛が走った。トラック上に倒れこんだ私はただ痛いと言う気持ちだけで他の事は考えられなかったあまりの痛みにゆっくりと目を閉じた。


病院のベッドの上、動かせない右足、県大会で優勝をして初めて進んだ関東大会。その決勝での出来事だった。大部屋の病室、窓際の日当たりのいい場所、4人部屋なのに私しかいないこの大部屋。そんな部屋に彼女が来た。

「葵、暇してるかぁ~」と元気いっぱいで病室に入ってきた彼女

私の親友で一緒に陸上をやっている美咲だ

美咲はいつも明るく楽しませてくれる。今日もいきなり、学校の帰りに芸能人を見た話しを始める、今日あった事を毎日話してくれる。入院して2週間毎日だ。

そんな私はと言うと退院は近いらしいが陸上に完全に戻るには半年はかかると言われているから、気持ちは決して前向きではない・・・しかし、そんな美咲もあの時、関東大会を一緒に走っていた、私の転倒に一瞬気が取られたのか、9人中、美咲は8番だった。きっと美咲も悔しかっただろうと思うが、美咲は何事もなかったように元気だ。それに比べて私はやっぱり元気が出ない。

「ねぇ、葵、どうせ暇なんでしょ?この漫画面白いよ」

どうせ暇なんでしょ?と余計な一言を付けた、美咲のかばんから出来てきたのは陸上の漫画だったタイトルは「on your marks」

すでにかっこよさそうなタイトルに惹かれて、ちょっと元気になった単純な私

その夜さっそくその漫画を読んだ。

「on your marks」って位置についてって言う意味

よーいドンは「get set go」

陸上好きの私にはたまらない最高の漫画だった

「on your marks get set go」頭に残ったそのフレーズ、そう、ただ英語になっただけのこんなフレーズにやられる私はやっぱり単純だと認めざるを得ない。

でもってストーリーはと言うと、それはもう私達が歩んでいる道そのものだった。

まずは県大会で勝つ、そして関東大会へ進む、最後に全国大会だ。

どの大会も決勝で三位以内に入れたら次に進める。主人公は色んな試練を乗り越えて

全国大会で優勝する。そんな物語だった。

色んな事を乗り越える・・・今の私は、この色んな事の一つを経験しているんだ。勝手に前向きになってる自分。


次の日、また元気な美咲がやってきた。 やってくるなり今度は私から美咲にこう言った。

「美咲、私、退院したら、しっかりリハビリやって、早く陸上に戻るね」

「さっそく触発されたぁ~?はいはい待ってる待ってる」そう軽くあしらったあと、また今日あった出来事を話し始めた。その話しはあまり頭に入らなかった。私はもう一度美咲をあのトラックを走る事を想像していた。

退院して半年、軽いトレーニングしか出来ない私に美咲は付き合ってくれた。まだ大会とかにはとても出られない。秋にも県の大会があるが私はもちろん出れない、今回は美咲も足の不調を訴えて出場しなかった。それから、二人で基礎トレーニングをしっかりやった。なかなかあの時のように走れない。何故か、美咲も同じように結果が出せなくなっている。

「美咲、私に合わせなくていいよ、自分のトレーニングをして」そう言った私

「別に合わしてるわけじゃないよ」と笑顔で答える美咲

「だって美咲は怪我してないじゃん」

あっ!と思った時はもう遅かった美咲は

「そんなつもりじゃないのに」

そう言って走っていった。私は彼女を傷つけてしまった。

それから、私は謝る事も出来ず、いや謝る事によってまた美咲の足手まといになってしまわないだろうか?そう思うとこのまま、せめて美咲だけでも、大会を勝ち進んでほしい、そんな気持ちも持ちつつ、謝る事を避けていたのかもしれない。本当ならば、この考え方は間違っているのだろうけど、今はこうした方がいいとそう思っていた。私は一人でみんなとは違うトレーニングメニューを続けた。

もう美咲とはメニューが違う、あれだけ近かった美咲とも心の距離は遠くなっていた。真冬のグラウンドで、違うメニューを続ける。凍りつくような冷たい空気の中、自分のペースで走り続ける私、ほんの10Mほど離れたところで美咲も走っていた。ボロボロに朽ちた枯葉が次々と何かにひっぱられるかのようにグラウンドを横切り、私達を間を切り裂いていく。あの時の言葉は間違っていた。分かっているのに私は・・・そして季節は移り、朝夕の肌寒さを残しつつも、昼間は穏やかな季節となった。まだ違うメニューを続けている私達、グラウンドを横切るのは枯葉ではなく、桜の花びら。美咲との距離は枯葉よりは穏やかになったように感じているのは私だけなのだろうか?薄ピンク色の花びらが冷たく凍りついた距離を縮めてくれている。そう思っていた。3年生になった私達、そして春の県大会予選の日を迎えた。

美咲に謝ろうと思っている。本当はもっと早く謝るべきだったと分かっているけど、やっぱり美咲のトレーニングの邪魔にもなりたくなかった。それでここまで来てしまった。

競技場の観客席の下に設けられた。緑色の扉、手で触ると緑の粉がつきそうな、そんな扉の奥、壁沿いにはぎっしりとロッカーが置かれ、真ん中には一定の間隔に長いすが置かれている。

県大会の選手控え室、他の学校の選手達も、それぞれに体を温めている。私は、美咲に近づき、今までの事を謝った。

「美咲、今までごめん、私、美咲の邪魔にはなりたくなかったんだ」

「ううん、葵の気持ちは分かっていたよ」と笑顔になった美咲がいた。そして美咲はこう続けた

「私は、葵との距離がこのまま離れて行く事の方がずっと心配で怖かった。でも、もうこれで大丈夫。私こそごめんね」

今まで元気がなさそうだった、美咲の表情がぐんと明るくなったように見えた。

「私は葵にずっと一番を走っててほしい、葵が一番なら私はすぐ横にいつもいられた」

「私にとって葵が邪魔なんて事は一度もなかったよ。もう一度、すっごく速い葵を追いかけさせて、そして一緒に全国へ行こう!」

力強くそう言われた、結局、私が慰められた。私に出来る恩返しは私が誰よりも速く走る事なんだと。

「美咲、今まで本当にごめん、いっぱい支えてくれて、ありがとう。今日は一緒に頑張ろう」

「うん!あたりまえじゃん!今まで一人でこっそりやってきて、こんなところで負けたら承知しないからね」人差し指を立てて、リズムをとるようにしてこう言った美咲。

分かってる負ける訳にはいかない。そう心に思ったが口には出さずに私はしっかりと頷いた。

県大会は二人一緒に結果を出せた。一位は私、二位には美咲がいた。雨がぱらつき始めた表彰台で、「まだ次がある」そんな表情をした私達二人はメダルをもらった。


それからたったの二週間後、あの関東大会へ・・・・・・そう、あの日、私が怪我をしたこの場所

午前中の予選は美咲とは違う組で走った。順調に勝ち進んだ私、もちろん美咲も決勝に残った。

決勝、私達の組は夕方に近づこうとしていた時間だった。私達の組!そう9人で走るこの決勝、私は美咲と同じ組で走れる。それもレーンも隣。この場所!この場所に!もう一度たどりついた。

私達の順番が来た

「葵、去年ここに忘れてきたものを取りに行くよ」と美咲が言った。

「うん、もちろん」と答えた私。

緊張感が体を包み込む、二人であの同じトラックのスタート位置へと歩き始めた。

私の左隣には美咲がいる。これ以上ない最高の条件だ。美咲の存在が私に力をくれている、きっと、美咲も同じ気持ちなんだ、その時はもう、そう確信していた。集中力が高まって行く。スタートの時。クラウチングスタートの体勢になり、準備は出来た。私は顔を少しだけ傾けて、目線を美咲に送った、美咲もこちらを見た、お互いに少し笑って、そして頷いた。

スターターの声が聞こえる「位置について~」

その声と同時に美咲の口元が、こうつぶやいた「オン・ユア・マーク」

スターターの声が続く「ようい~」

すかさず私はこう返した「ゲット・セット」

私の口元を確認した瞬間、美咲の表情に緊張感が走り、完全に前を向いた。私も目線を変えた。目線の先は去年たどり着けなかったあのゴールをしっかりと見ていた。全身に力が入る!スターターピストルの音が鳴った!

私は心の中で大きく「ゴー!」と叫んだ、体は一瞬の揺らぎなく前へと出た!

スタートの合図と自分の気持ちが重なった瞬間、踏み出した一歩は力強く地面を蹴って前へ前へと。今まで何百回とやってきたこの練習、だからこそ分かる!今日の私は行ける!さっきまで聞こえていた歓声が遠くに感じるようになった。頭の中は穏やかだ。時間がゆっくりと流れている、そんな頭の中とはまったくと言っていいほど逆に体はどんどんとスピードに乗って行く。


この一年あった事が頭の中を駆け巡る。美咲が支えてくれた、美咲がここまで連れてきくてれた。ありがとう美咲!

ウォーミングアップの時から出ていた額の汗と美咲への感謝の涙が一緒になって頬を伝って後ろへと流れていく。もっと速くもっと速くと。夏が近づく6月の暖かな風を感じつつ、傾き始めた夕日に向かって、一年前のあのゴールへと、今、最高の気分で走っている。

「美咲、今日の私は誰にも負けないよ!」

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ABOUTこの記事をかいた人

石橋を叩いて壊す。渡らなければ怪我はしない。そんな生き方をしてきた私が、何を思ったのか新しい事にチャレンジしてます。いつか短編小説を本として出したいと言う目標を持って小さな一歩を踏み出しました。パソコンが得意では無く、もちろん物語など書いた事がない私がブログ書いて行こうと思います。