ありがとうが言えた日

「出ていけ~!」

ものすごい剣幕だった。もうそこに居られる空気ではなかったし、この家にはもう居たくないと思った。そして僕は家を出た。

僕は自分で言うのもなんだけど、近所から嫌われていると思っている。小学生の頃からよく外で遊ぶ活発な方だったのだが、それが結果として、近所に迷惑をかける事になっていた。キャッチボールをしてはガラスを割ったり、サッカーボールで車に傷を付けた事もあった。もちろん怒られる。ここできちんと謝っておけばいいのだろうけど、問題はこれだ!この謝ると言う事がどうしても出来ない。

「そこに車を置いているからダメなんだ!」と言い返しては、相手をバカにして逃げた。こうゆう事が続くと、大人達の目線は、段々と冷ややかになって行くもので、僕が遊び出すと、近所の人は車を動かすようになった。もう天下を取った悪ガキ扱い、注意してくる人もいなくなり、相変わらずやりたい放題、でも一人だけ、今も尚、僕を見つけては文句を言ってくるじじいがいる、じじいと言っても60歳にはなってないあのじじい、僕から見れば、十分にじじいだ。こいつがやっかいで僕が何も悪い事をしていなくても、見かけるだけで注意してくる、ムカつくから、こちらも精一杯の暴言で攻撃した。でもそれも小学生の時の話だ。

今は特に悪い事などしていないが、イメージと言うものは怖いもので、中学生になった今も近所からは、もう悪ガキのレッテルを貼られている、誰とも挨拶もしない、まぁされたとしても返さないけど、どうせ何か起これば僕の仕業とでも思っているのだろう。でもそれでいい、僕も周りの大人は嫌いだし、気に入られたいなんて思った事もない。所詮、大人はみんなこんなもんだ。大人なんて自分の都合を正しいと決めている。こっちルールは無視で大人のルールを一方的に押し付けてくる。特にあのじじいはひどい。今でも僕を見かけるだけで、何か必ず言ってくる、あのじじいにはじじいのルールあるんだろうけど、そんな事は知ったこっちゃない。だから僕もそれ以上返してやる。

「死ね!じじい」

「なんじゃと!ほんとに口の減らないクソガキだな」

「うるさい!もう話しかけにくるな!ボケ!」

「お前が悪い事するからわしが注意してやってるんじゃろうが!」

「なにもしてないわ!死ね!」

こんな言い合いは、顔を合わせるたびに続いた。多分あのじじいだけじゃなく、近所の人全員がそう思っているのかもしれないが、露骨に声に出してくるのはあのじじいだけだ。あのじじいだけは相当、僕を嫌っているのだろう。ここまでくると、こっちからも何か仕掛けてやろうかと思ってくる。そんな時に、あのじじいは僕を見かけて、またこんな事を言ってきた

「また何か悪い事してるんじゃろ!」

いつもの事とは言え、こちらも流石にイラついた

「何もしてないわ!」

「先に注意しておかんと何するか分からんからの」

僕はその言葉を言われて、ついカッとなって、何か仕掛けてやろうと思っていた矢先にこれだ。僕は、そのじじいが乗っていた軽トラックのドアを思いっきり蹴った。じじいが車から飛び降りてきて、怒鳴ってきた。

「こっちが何もしてないのに、悪い事してるって決め付ける、じじいが悪いんだろうが!ボケ!」

これがダメだった。分かっていたけどやってしまった。もちろん、この話はしっかりと親に伝わる。

「中学生になってもそんな事やったのか!なぜお前は人様に迷惑をかけるんだ!もう、この家から」

「出て行け~!」

それは中学生になった責任と言うものなのか、今まではそんなにも怒られなかったけど、今日は違った。大人が勝手に決めた、学年のルール、小6と中1には、社会的に大きな違いがある。それも大人の都合、こちらも言いたい事はやまほどある、そして、誤解もある、誤解もあるが、前科も充分にある、先に言ってきたのはじじいだと僕が叫んだところで、車を蹴った事実に変わりはない、まぁ結局、僕が悪いのだ。そういつも僕が悪い。


そして僕は家を出た!この時間に家を出てもそれは家出とは言わない。ただのお出かけだ。でも、そう思われないように、たとえ小さくとも荷物を持った僕は、これを立派な家出と考えている。もう戻るつもりは無い。そう僕はもうこの家には戻るつもりは・・・・・・

僕の家のまわりには大きな山があってその山々に囲まれた田舎の小さな町、家の周りでウロウロしていたらすぐにバレる。周りに繁華街のようなところはなく、人ごみに紛れるなんて、どう考えても無理、夜になると開いている店などない、電車に乗って1時間も行けば、少しは栄えた場所に行けるが、今はそうしようとは思わなかった。そう、駅には向かわずに、反対の山の方へ向かった。特に難しい事を考えてなかった。ただいつも見える山の頂上にある風車、あの風車を近くで見たいと。それだけ!まぁこんな機会もないし、あの山を登ってみよう。家を飛び出した時、思いのほか冷静だった僕はしっかりと防寒装備を整え小さなリュックに必要そうな物を持って出ている。なんだか自由になった気分、今までは「所詮かごの中の鳥だったと言う事か」などと一人で呟いては少し笑っている自分がいた。時間は15時、腕につけた時計は狂いなく正しい時間を示している。その時は、まだあんな事になるとは思ってもいなかった。

山と言うのは入り口が分かりにくい、あの風車を運んだであろう道はどこかにあるのだろうけど、それを見つける事がなかなか出来ない、ようやく見つけた道も、軽トラックが通れるかどうかと言う土道、道には車の轍がしっかりとあってその轍以外のところからは雑草が綺麗に並らべられた様に生えている。この道はメインの道ではなさそうだな、そう思いつつも、その道を風車目指して、歩いていく、最初は意気揚々と歩いていたが、やはり少し疲れた。小さなリュックから飲み物を出して口に運ぶ。どれくらい歩いただろう、山の中に入って周りを大きな木に囲まれ始めると、風車は見えなくなってしまう。方向はあっているのかな?結構歩いたと思うけど、不安になった。僅かでもひらけているところを探そうと思い、とにかく進んだ。左前の方向、木々の隙間から、あの白い風車が見えた。左かぁ~この道はこのまま行けば右の方へ行きそうなんだよな~と思った。そんな時ふと、左側の自分の背丈より少し低い土の壁、そこに人が通った跡であろう筋があり草の切れ目から奥が見えた。

ここから入って、まっすぐに風車を目指そう、そう思ったら迷い無くその草の隙間を掻き分けるように入って行く、山の中って言うのは意外と空洞なんだと感じる。まわりはすべて木の幹に囲まれていて、その空間は、少しでも太陽の光を浴びようとグングンと伸びたその木が目一杯に広げた枝と葉っぱがまるで屋根のように太陽を遮る。そんな場所だった。さっきの道から真左に入った。あの道から左前に風車が見えていたから、今向いている方向から右前に向かえば近づくはずだ。そう思って方向を自分の感覚だけで再確認して風車を目指す。山は中を歩きにくくはなかったが枯葉が足元に積みあがっている部分を踏むと滑る、ところどころに地面から這い出る木の根に足をかけて一歩ずつ前進する。ずっと上り坂が続く事と先が見えない不安の両方が僕の疲れを増幅させていく。だんだんと休憩する時間が増えてきて、あとどれくらいで着くのか知りたいと思っても、そんな事を知る方法はなかった。風車にさえ行ければいい、そこまで行けば・・・・・・もう少しで自分の視界を遮っていた目の前にあった傾斜が終わりそう、あとちょっとあとちょっと、そして、その傾斜がやっと終わり、隙間無く生えた雑草を掻き分けた、その先はグラウンドのように広い場所だった。そこには、見上げるには首が痛くなるほど高く、ビュンビュンっと一定の間隔で音を鳴らし回っている風車があった。「大きいな」ぼそっと一人事を言って、達成感を味わっていた。


辺りはもう薄暗い、時間は18時を過ぎていた。微かに残る夕日のその明かりで、僕はこの風車を見れた。真っ白な風車が、赤い光に照らされて、なんとも幻想的な雰囲気に見えた。僕は風車の下に座って今までの事を考えていた。

たしかに僕は人に迷惑をかけたのかもしれない。でも、あんなにも嫌われる必要はあるのだろうか?小学生の頃は、色んなものを壊してしまった。今思えば、その場で謝っておけば済んだ事かも知れない。それは今日だって同じ、父が怒ってきた時も、きちんと謝っておけば、済んだのかもしれない。でも、僕は昔から謝るのは嫌いだ。謝るは負ける事のように思っていて、負けたくないから謝らない。そうすると自然と敵が増える。もう、なんだか疲れたな、負けないように謝らず、勝とうとしすぎて、敵が増え、生きていくだけで、こんなにも辛い。いつも素直に謝って、まわりに勝とうとしなければ、こんなにも辛くならなかったのかな・・・・・・その答えは僕には分からない。僕はいったい誰と戦って、何と争って、勝っているつもりになっているのだろう。こんなに疲れて、こんなに辛くて、僕はいったい何に勝ったのだろう。いや、最終的には、負けたからここにいるのかな。無気力になって行く自分、何もなくなってしまった様な気がして、絶望感と言う闇が僕の生きる力を奪って行く。もうこれでいい。

時間と共にゆっくりと空の光が失われていく。暗闇はその足音も感じさせず辺りを包んでいった、それがあまりにゆっくりだった為に、こうなるまで気がつかなかった。そう、もう辺りは真っ暗と言っていい状態になっていた。不思議とヤバイとは思わなかった。僕の人生の戦いはここで終了しても、それはそれでいいと思っている。そう思ってはいたが、今寒いのは辛い、いくら防寒しているといっても体温が夜の暗闇に少しずつ奪われて行く。登ってくる時には、暑くて脱いでいた服をすべて着ても今は寒い。

仕方がないから僕はぼんやりと見える道らしき道を歩き始めた。時折覗く月の光がその土道を照らしてる。その明かりだけを頼りに、山を降りて行く。この道は最初に登ってきた道に繋がっているのかな?道幅はさっきの道より狭そうだが、轍がある、その轍以外の場所から並べられた様に雑草が生えていた、その轍の上に枯葉が積もり、さっきの道より使われてなさそうだった。ゆっくりと下って行く。僕は山登りをした事がない。でも今日は一つ分かった事がある。それは山登りは上りより圧倒的に下りの方が辛い。暗いからと言う事ではなく、一歩踏み出す毎に、足にかかる負担は激しく、ダメージは蓄積する、時々、踏ん張るのが辛くなる、傾斜がきつい時は危険だ、月明かりも雲に隠れる時間が増えて見えにくくなってきた。僕はこんなにも雲が嫌いになったことはない。流石に暗すぎるので僕はポケットからスマホを出した。スマホのライトはしっかりと足元を照らしてくれる。その明るいライトのおかげで足元はよく見えるようになった、しかし、それと引き換えかのように、まわりの景色はほとんど見えなくなっていた。月明かりの時は、すべてをぼんやりと見せてくれるが、スマホのライトは一部分しか見せてくれない。「強すぎる光はその部分しか見せない、まわりを見えなくすると言う事か」と今まで生きてきた事の何かを悟ったように一人で呟いて、そしてまた、ふっと笑った。

来た道とは違うかもしれないけど、この道を下って行けば街まで行ける。生きる事を求めている訳ではないが今は、とにかく山を降りようとしていた。まぁ目の前に道があれば、何故かそこを歩こうとする。敷かれたレールの上、この道を行けばいいと言われ、それが正しいのか正しくないのか、分からないその道を選択肢も与えられずに歩かそうとする今の大人達。そしてそれを疑問にも思わずルールを守り、決められた学校に行き、決められた授業を受ける、勉強が出来る事が正義で、出来ない事を悪として、その正義を守って、最終的には大学に行って公務員にでもなると言う最高のハッピーエンド、その為のレールが敷かれ、みんなそのレールから外れないように必死にしがみつく、寝る間も惜しんで勉強して、寝る間も惜しんで働き、疲れ果たしているのに、それをまた自分の子供達に、そうゆう生き方をしなさいと教える。それが嫌だった。そんな作られた道が。

でも今はそんな作られた道を歩いている。その事に安心感を感じている。誰が作ったか分からないこの道。大人達が教えたい事は、その道は一番楽な道だよと教えてくれていたのかもしれない。そう思えるほど、この道は歩きやすかった。


なんだかテンポよく歩けている、でもまだ街の明かりは遠い、そのまばらな光を見て、ちょっと大人になった気分でこれが夜景なのかなんて思っていた。その遠い光の粒を左手に眺めながら歩いている。右手に自分の背丈ほどが削られた土の壁があり木の根がむき出しになっていて、その隙間を埋めるように雑草や小さな木が生えていた。山の急斜面を削って作ったと分かるこの道、そんな道を歩いている。どれだけ道にしてくれていると言っても、傾斜はしっかりとある。足の力も限界になってきていたが、登りと違って足は勝手に進んでいくから疲れても立ち止まろうとは思わなかった。さっきまで足元を照らしていた、スマホのライトもついてはいるが、ただ持っているだけで、その明かりは足元を照らしていない、なんとなく惰性で歩いていた。その瞬間、傾斜の強いその場所で枯葉の束に足が滑った、右足の踏ん張りが効かない、左後ろに体が倒れそうになる。左足で支えようとしたところには道はなく、左側の崖に踏み込んでしまった。左後ろに倒れる、その先に地面はなくそこは急な斜面、体を支えてくれる最後の砦の左足が斜面にとられた時、結果は見えている。背中を強打して急斜面を枯葉に乗ってすごいスピードですべり落ちていく。何度か細い木にぶつかったが止まれず、全身が打ち付けられる、頭から落ちていたはずがいつの間にか足が下に、その足の先に倒木があって、そこにぶつかりリュックが引っかかった、その衝撃で右手に持っていた携帯を離してしまった。完全に止まった自分、止まる事無く落ちる携帯、あっと言う間に10Mほど転がるようにして落ちた。そこで携帯は画面を上にして止まった。真っ暗な中でぼんやりと光る液晶画面。リュックが引っかかっているだけの僕。時間にしても一瞬の出来事だったのだろうけど、長い間落ちた気がしていた。左足に強い痛みがある、とても動かせそうにない、この急傾斜でリュックが僕を支えている、いやこのリュックを外しても自分で踏ん張れるかもしれないが、傾斜がきつい事、あの滑りやすい枯葉、動かせない左足、僕には選択肢が無い。もし、このリュックを外して、足を滑らした時は、あの携帯が辿った同じコースを同じような速度ですべり落ちて行く。そう考えたら、恐ろしくなった、僕は倒木に抱きつくように登った。下に落ちた携帯の画面は自動スリープになり、その小さな小さな光も消えてしまった。

気持ちが落ち着いてきたのは、それからだいぶ経ってからだった。

左足が痛む、暗闇に目が少しずつ慣れてくると共に、今度はその暗闇が精神的な恐怖を運んでくる、もう自分の力ではどうする事も出来ない。怖い。怖い。怖い。自分は何故怖いのだろう。自分は何故この木にしがみついているのだろう、もう生きる事を辞めるんじゃなかったのか?生きる事を辞めるやつが何に怯えているんだ、生きる事を辞めようとしていた自分、その気持ちに嘘はなかったはず。本当に死んでもいいと思ってた。なのに、なのに今は死にたくない。助けてほしい。なんとか助けてほしい。そう思っても助けてもらえる事は無い。

時間だけが過ぎて行く。何度も大声で叫んでみたけど、その声は誰にも届いていない。そんな静寂に段々と声も出せなくなっていく。考える事は沢山あった。時間はいくらでもあるから、僕は、いや人は死の可能性が無い時には死の怖さを知らずに死んでもいいと思う。でも、目の前に死の恐怖が現れた時、初めて強く生きたいと思う。人は生まれてから、ずっと甘やかされて生きている、だから命に関係ない戦いの勝ち負けで時に命を失ってしまう人がいる。僕もその一人だ。登っている途中から、いや最初から、こうなってもいいと思って登っていた。もちろん助けを求める気もなかった。僕はあの風車を見て、この山で死んでもいいと思っていた。もし生きなければならないと思っていたら、何度でも助けてほしいと電話が出来たはず、しかしそれをしなかった。自分から勝手な事をして、今更助けてなんて言う気もなかった。でも今は違う、本当に生きたいって思う。今、もし、この手元に携帯があれば、きっと電話している、きちんと謝って助けてほしいと言えたと思う。でも、それはもう叶わないと分かっている。腕の時計を見た、ボタンを押せば軽く光る時計、時間は20時12分だった。時間を確認した途端寒さが更に強くなった気がした。時計を見るまでは、もう深夜0時を過ぎているのかなと思うほど長い時間を過ごしたつもりでいたがまだ朝までは長い、そう思う事によって気持ちの寒さが倍増した。

木々の間から、街の明かりが見えている、ポツポツと光っているその光を、ただずっと見ていた。寒さと痛さで目を開けている事が辛くなる。時間は進んでいるのだろうけど、その歩みはいつもよりも遅く感じる、ぼんやりしていたその視界にあった小さな光達は、いつの間にか、どんどんと増え、さっき見た街の光の倍、いやそれ以上に増えている。そしてその光達は上へ下へ右へ左へとそれぞれがまったく別の生き物のように動き出した。それがどうゆう事か分からなかったが、それでも光は増え続け、もう本当の夜景と言っていいほどの光の数になった。そして僕はゆっくりと目を閉じた。


肩を叩かれている。ものすごく強い明かりが目の前にあって、眩しい。夢の中かな?声が聞こえる、なんだか久しぶりに声を聞いた気がした。

「聞こえますか?聞こえますか?」

「こっちにいたぞ~」 「とりあえず、ロープだ」「早く、下に応援に来てくれ」

だんだんと話している内容がはっきりとしてきた。ぼんやりとした意識の中でタンカに乗せられて、体を固定されて、ずんずんと引き上げられて行くのが分かった。

僕は救出されたのか。上のあの道まで上げられてからもタンカに乗せられたまま山を降りていく。オレンジ色の服を着た人に囲まれて運ばれていた。

もう意識は、はっきりとしている、ただ固定されているから動けないだけ、麓の広場まで下りてきた。広場には赤い回転灯がいくつもまわっていて、僕の近くに白い服を着た人が近づいて来た。

「私の声が聞こえますか?」そう聞かれたので、僕はしっかりと頷いた。その白い服を着た人は聴診器を当てながら

「大きく息をしてくださいね」と言われたので、大きく息を吸い込んだ。色んな機械があっと言う間に体に取り付けられて、僕には分からない数字がやりとりされている。

その時だった。その白い服を着た人にぶつかってくるような勢いで

「先生、この子は、この子は、大丈夫なんですか!?」

大きな声を出して先生の袖を掴んでいる

「先生!先生!どうなんですか?」

すがるようなその声の主は、僕もよく知っているあの声だった。先生はその腕にしがみついてきた、60歳手前のおじいさんの手をそっと離して

「詳しい検査は戻ってからになりますが、多分大丈夫でしょう」

とその返事を聞いた、そのおじいさんは膝からくずれおちて、

「よかった。よかった。」と言って、大きな声で泣いていた。頭の上に付けた取り付けていたヘッドランプが地面を照らしている。

その後ろには僕の父と母が、まわりにいた沢山の懐中電灯を持った人達、いや、僕の知ってる近所の大人達だ。その人達に頭を下げていた。

「無事でよかった。それだけで充分だ」「あぁそうだな、ほんとによかった」そんな声があちこちから聞こえてくる。親はまだその人達に頭を下げている。


僕は今まで何と戦っていたのだろう、例え、どれだけ反抗しようとも、この大人達には到底勝てない、いや勝つ必要なんか無いんだ、戦う必要なんかなかったんだ

今まで言えなかった、言葉を僕は今日覚えた。そしてそれ以外にも大切な事を学んだ気がする。またいっぱい迷惑かけてしまったけど、僕の事を真剣に叱ってくれていた沢山の人達に今は心から言える

ごめんなさい。そして、今まで見守ってくれて本当にありがとう。

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ABOUTこの記事をかいた人

石橋を叩いて壊す。渡らなければ怪我はしない。そんな生き方をしてきた私が、何を思ったのか新しい事にチャレンジしてます。いつか短編小説を本として出したいと言う目標を持って小さな一歩を踏み出しました。パソコンが得意では無く、もちろん物語など書いた事がない私がブログ書いて行こうと思います。