ブログ始めて152日目(人と差が出る瞬間)

先日、ピアノの発表会を見てきた。子供達が一生懸命練習した成果を見せる場所、沢山の子供達が順番に自分が選んだ曲を披露していく

小さな子達は少し恥ずかしそうに、段々を大きくなるに連れ、見せたいと言う気持ちが伝わる演奏もあった。割と有名なJPOPを選曲している子もいれば、クラシックを選んでいる子もいて、後半の中学生以上の部なんかでは、こんなに素晴らしい演奏が出来るのか!思える子もいた。まぁ私はクラシックにも音楽にも全然明るくないんだけど、それでも聞き入るレベルだった。

その最後の最後の方にピアノの横にマイクスタンドがセットされ、高校生だった子がピアノを弾きながら歌を歌い始めた。それも1曲目が終わったあと2曲目には、その教室の先生がピアノに座り、今まで弾き語っていた生徒がマイクを持ち立ち上がった。それはもうピアノの発表会では無い。彼女はそれを望んで希望したのだと思う。聞きに来てくれている人はみんな、そのピアノ教室の生徒の親なんだけど、その場で歌いたいと言った彼女は、これから先に見る側の人間でいるのか見られる側の人間になるのかの差がそこにあるんだろうなと感じた。

確かに一般的に見て、その場を借りて自分の歌を披露する事は聞く人からすれば、選択肢は無い、そこに座っているのだから。自動的に観客がいるのは当然だけど、これが路上ライブのような形をとっていれば、観客が聞く聞かないは選択出来る。人がいないのは自分の実力と認めるしかない、ただ今回は、自分の実力には関係ない100人近い人が自分の子供のピアノ発表会に来ている。最後の写真撮影があるから、出番が終わっても会場ですべての演奏を終わるのを待っているのだ。言わばその場は本来の目的では無い人達が集まっている場所、視線がアウェイになる可能性も十分にある中、彼女は歌いきった。

正直に言う。カラオケでいたら上手い方かなってレベルだと感じた。でも私がここに書きたかったのは、そうゆう事では無い。彼女は自分をどのように評価してあの舞台を希望したか分からないが、挑戦したいと思った気持ちは私の心を揺さぶった。自らリスクを冒してまで、あのステージに立った。きっと誰かの印象に残っただろう。そう決して大反響になるような日記ではないが、私の日記にも登場する事となった。本人の許可を貰えていないから動画は載せられないが、彼女はただ見る側では無く、見られる側へ行ける人なんだと思った。

今、様々な場所で活躍している人、ほとんどの人がそうゆう小さな勇気と行動から始まっている事に違いない。有名なアーティストだって昔は路上で歌っていて、誰も聞いてくれない時間が長かったと言っている人もいる。彼女がいつか今よりも成長して、もっと大きな舞台で見られる側になっている事を心から願う。

少し無茶してでも頑張っている人を見ると応援したくなる そんな気持ちの152歩

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石橋を叩いて壊す。渡らなければ怪我はしない。そんな生き方をしてきた私が、何を思ったのか新しい事にチャレンジしてます。いつか短編小説を本として出したいと言う目標を持って小さな一歩を踏み出しました。パソコンが得意では無く、もちろん物語など書いた事がない私がブログ書いて行こうと思います。